にゅういんラリー:親・子・医療者の対話型入院治療プレパレーションツール

子どもが病院を嫌う理由として、日常と違う場所であり、痛みを伴う経験があるというだけでなく「何をされるか分からない」という不安が挙げられる。そうした子どもの不安を軽減するためのプレパレーションは行われるが、主に採血や検査といった処置項目に焦点を当てたものが多い。そのため入院治療を行う際、一連の流れについては保護者への説明が優先され、子どもから入院治療全体に対するインフォームドアセントは取れていないといえる。自分が入院してどのようなことをするのか、退院までの見通しが理解・納得できるような支援を受けることは子どもの権利であり、それによって入院治療に対する子どもの不安を軽減させることができると考えた。そこで、標準化された治療に対して作成されるクリニカルパスをもとに、入院の一連の流れを説明するシールラリー形式のプレパレーションツール「にゅういんラリー」を作成した。にゅういんラリーは、入院から退院までの流れを時系列に沿って示したシート、患者である子どもに見立てた駒(子どものお気に入りのフィギュアなど)、終えた項目に貼るシールの3つをセットで使用する。文字の使用を最低限にし、イラストをメインにすることで字の読めない発達段階の子どもでもある程度の理解が可能であり、幼児~学童の幅広い年齢層を対象にしている。自身を見立てた駒を使い、入院前からシート上でロールプレイを行うことで入院治療の流れを理解し、見通しを立てることができる。子どもが自分で駒を進めることで、治療の中心は自分であるという認識を持つことができ、主体的な治療への取り組みにも繋がる。終えた項目にシールを貼ることで、現在どの段階にいるのかについても視覚的にわかりやすい。終えた項目にシールを貼るという行為により、治療のひとつひとつを乗り越えた達成感を得ることができ、子どもの自己肯定感の向上に繋がる。「頑張ったらシールを貰える」という外発的動機付けにもなり、子どもが前向きに入院治療に取り組むための助けとなる。図示されたクリニカルパスは、保護者にとっても理解しやすい。今回は2泊3日の鼠径ヘルニアをもとに作成したが、クリニカルパスの作成されている疾患であれば同様のシートが作成可能であると考える。また、小児医療支援の分野において、小児がん等の難病に関しては介入が進みつつあるが、子どもにとって「何をされるか分からない」不安は疾患の重篤さに依らず共通して抱くものであり、比較的軽度な疾患に於いては支援の必要性が軽視されがちである。治療を受ける子どもには全て、プレパレーションをおこないインフォームドアセントを得ることが必要である。

AUTHORS

若村みさき Misaki Wakamura
大阪市立総合医療センター小児外科病棟勤務の後、現在は都内の認可保育園にて看護師として勤務。東京デザインプレックス研究所商空間デザイン総合コース修了。

INTRODUCTION

 子どもを対象とした医療現場において、子どもが安心して治療に取り組むことができるよう、様々なプレパレーション(小児科の手術や治療に先立って、患者である子供に、画像や人形などを使って分かりよい説明をし、練習もさせ、安心して臨める心構えに導くこと。)がおこなわれています。しかし、プレパレーションは検査や処置(MRIや採血、骨髄穿刺など)の単独の項目に対するものがほとんどであり、入院治療を行う際、一連の流れについて保護者への説明はあっても子どもへの説明は不十分であるといえます。治療を選択する際、15歳以上の患者であればインフォームドコンセントをおこない、本人の同意を取りますが、子どもの場合は治療の決定を保護者がおこないます。そこで、子どもに対してはインフォームドアセント(自分になされる行為について理解できるように十分に説明され、その選択・決断について納得すること)が必要であるといわれています。入院して自分がどのようなことをするのか、退院までの見通しが少しでも理解及び納得できることで、入院治療に対する子どもの不安を軽減させることができると考えました。
 加えて、小児医療支援の現場では、小児がん等の難病に対しては介入が進みつつありますが、比較的軽度な疾患に於いては支援の必要性が軽視されがちです。子どもにとって「何をされるか分からない」不安は疾患の重篤さに依らず共通して抱くものなので、治療を受ける子どもには全て、プレパレーションをおこない、インフォームドアセントを得ることが必要です。
 治療や検査の経過が確立し、スケジュールが明確となっている疾患には、各病院でクリニカルパスという入院中の予定をスケジュール表のようにまとめた入院診療計画書が作成されています。そのような疾患の場合は、子どもに対しても事前に入院のスケジュールを説明するコミュニケーションツールがあれば、インフォームドアセントを得ることが可能だといえます。

METHODS

 今回はクリニカルパスが作成されている疾患の中から小児鼠径ヘルニアをピックアップし、2泊3日の入院スケジュールをイラスト入りのシートにまとめました。シートは、入院前の外来診療時に渡します。子どものお気に入りのフィギュアやキーホルダーなどを駒として用意してもらい、その駒を子ども自身に見立て、人生ゲームのようにシート上をひとマスずつ進んで入院前にロールプレイを行います。自宅にて保護者と子どもで落ち着いて遊べるように、保護者向けの説明書をセットで提供します。

 シートの一番最初のマスは、入院前の外来の項目になっています。「外来に来るのを頑張った」ことに対して、ご褒美のシールを子どもが選んで貼ります。以降、入院治療中の出来事に対し、頑張るとシールをもらって貼ることができるシールラリーが始まります。シールは看護師及び病棟保育士が持ち運びます。協力が得られれば、医師に持ってもらっても良いでしょう。入院治療の進行に合わせて複数種類のシールの中から子どもが選び、シート上の終わった項目のマスに貼ります。一番最後のマスは、入院治療を頑張り退院までたどり着いた子どもに対し、保護者からメッセージを書き込めるように空白にしてあります。
 A4サイズのシートと説明書を印刷し、市販のシールを用意するだけで導入が可能です。シートが折れてしまわないようにA4サイズの透明クリアファイルに挟んで提供すれば、シートが痛むことなく挟んだまま遊ぶことができます。保護者には、駒として使用できる子どものお気に入りのアイテムを用意してもらいます。シールや駒のデザインを限定しないため、自由度が高く、子どもの好みに合わせることができます。また、表情のシールを用意すれば、フェイススケールとしてそのときの子どもの感情を振り返り、形として残すことができます。
 シート自体は文字の使用を最小限にし、イラストをメインにすることで幼児〜学童の幅広い年齢層に使用可能です。各マスの説明は、保護者向けの説明書に記載しているので、子どもの理解力や発達に合わせて保護者から説明してもらいます。子どもに説明する際の例文も記載しています。説明書を見てもわからないことがあれば、入院時に看護師に質問するよう依頼します。

DISCUSSION

 このシートを使うことで、入院する子ども自身が入院治療について説明を受ける機会が設けられます。家庭に持ち帰り、子どもが最も信頼する保護者から説明されることで、時間の制限なく落ち着いた状態で話を聞くことができます。子どもの理解力は発達によって大きく異なるため、数回顔を合わせた程度の医療従事者よりも、子どもの発達を把握している保護者の方が適切な表現で伝えることができ、子どもの理解につながると考えます。
 子ども自身に見立てた駒を使い、子どもが自分の手でマスを進めロールプレイを行うことで、入院治療の主体が自分であると実感しやすくなります。マスの中には子どもが選択する場面もあり、自分で治療の選択の一部を決められることで子どもの主体性を強化します。また、子どもの大切な選択を親子で話し合って決定するという経験は、子どもの今後の進路選択といった場面でも「子どもの意思決定は親が押し付けるものではなく、子ども自身が決めること」という認識につながると期待します。にゅういんラリーを使用したロールプレイにより、入院治療の内容を理解し、見通しが立つことで、入院に対する子どもの不安を軽減することができます。
 入院後は、頑張った項目に対してご褒美としてシールがもらえるという仕組みから子どもの外発的動機付けを促します。入院前の外来で1枚目のシールをもらえるようにすることで、この仕組みを体験、理解しやすくしています。看護師からご褒美のシールを渡し、誉める機会ができることで、子どもにとって医療従事者が「何をしてくるのかわからない人」から「自分を肯定的に捉えてくれる人」というポジティブな認識に変化すると考えられます。シールを貼り進めることで、子どもが今入院のどの段階にいるかを可視化することもできます。最終ゴールである退院の項目は保護者からのメッセージにすることで、保護者が子どもを誉める機会ができ、それを形として残すことができます。保護者から褒められることが、子どもにとっては何よりのご褒美であるといえます。シート内の余白に、看護師や医師からメッセージを書き加えても良いでしょう。
 このにゅういんラリーは、入院治療の振り返りにもなります。貼られた複数のシールから子どもの頑張りが可視化され、たくさんの褒められる機会ができることで、入院治療を成功体験として持ち帰ることができます。このことは、子どもの自己肯定感を高めます。

 今回取り上げた鼠径ヘルニアという疾患は、鼠径部内の膜の一部に穴が空いており、そこから腸管組織が飛び出してしまう子ども100人中2〜5人の発症率というよくある疾患です。成長とともに自然に治ることもありますが、穴から飛び出した腸管が戻らなくなり、腸閉塞を起こしてしまう場合があるため手術治療を行います。臍ヘルニアや陰嚢水腫、精索水腫といった疾患もほぼ同じ入院治療を行うため、今回のシートを流用することができます。大阪市立総合医療センターを例に取ると、年間の手術件数444件中84件(2019年)が鼠径ヘルニア及び陰嚢水腫、精索水腫の手術であり、このシートの活用機会は多くあるといえます。シートを活用することで子どもの入院生活がより良いものとなり、その病院の鼠径ヘルニア治療の評判を上げることができれば、入院件数の増加に繋がると考えられます。鼠径ヘルニアのような短期入院の件数が増加すると、診療報酬点数の加算が取りやすく、病院の利益に繋がります。
 また、このシートを叩き台に他のクリニカルパス適応疾患でも同様のシートを作成することが可能と考えます。