女性の月経(生理)は長くタブー視されており、これに伴う腹痛や頭痛、貧血などの諸症状についても「我慢するもの」や「隠すもの」というイメージが根強い。こうした症状は婦人科で対処できる、ということはあまり認知されておらず、婦人科に対しても妊娠・出産のイメージが先行している。特に10代・20代では心理的抵抗も強く、受診が進んでいない。生理にまつわる諸症状による労働損失は国内で4,911億円と試算されており、また痛みを我慢し放置することで、がんの発見が遅れたり不妊につながることもある。我々は、どのようにすればこの現状を改善できるかという点に着目した。本施策の目的は、はじめての婦人科に行きやすくするため、日常生活に密着した媒体で生理に関する正しい知識を普及させ、「生理の悩みは婦人科を受診してよいもの」という認知を広げることである。具体的には、生理用ナプキンを媒体として、ナプキンの個包装に、自分の身体について学びや気付きを得られる情報を掲載する。表現方法は、マンガや三つ折りの構造を活かした仕掛けを用いて、特に10代から20代の女性にアプロ―チする。若いうちから、自らの身体に関して学び、正しい情報が得られることで、適切なタイミングで婦人科を受診する機会が増えることを狙いとしている。これにより、女性が日常の生理に伴う苦痛から解放され、身体的負荷を減らすことに繋がる。日本全体としても、経済的・社会的な損失を減らすことが期待できる。
AUTHORS
小笠原玲子 Reiko Ogasawara
東京デザインプレックス研究所グラフィック/DTPコース修了、イベントディレクター、クリエイター
斉藤肇 Hajime Saito
民間企業勤務 Brand Marketing, Cross Media所属、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 博士前期課程修了(MBA社会デザイン学)、青年海外協力隊 2005年2次隊(モザンビーク/エイズ対策)、PRSJ認定PRプランナー
鮒池香奈枝 Kanae Funaike
健診サービス提供機関職員、編集者・ライター、労働衛生管理者
INTRODUCTION
生理(月経)とは、女性特有の生理現象で、約 1 か月の間隔で起こり、3~7日続く子宮内膜からの周期的出血のことを言います。生理は日本だけでなく世界的にも長くタブーとして扱われ、生理に伴う腹痛や頭痛、貧血などの諸症状についても「我慢するもの」「隠すもの」というイメージが根強くあります。こうした症状は婦人科を受診し、低容量ピルを服薬することなどで改善できます。しかし、婦人科を受診すれば症状が改善するという認知が進んでいません。
日本においては、婦人科について未だに「妊娠してからいくところ」「10代が行くなら中絶か性病」といった間違った先入観が根強くあります。さらに、10代・20代では診療時にデリケートゾーンを見られる・触られることへの抵抗や、男性医師への恐怖心があり、また他人と比べることがなく、病院にいくほどのこと、なのかどうか基準がわかりづらいため、受診が進まないという現状があります。生理痛がある人に対して婦人科を受診しない理由を調査したところ、「生理痛は病院にかかるまでもないと思っている」が48%、「市販の痛み止め薬で対応している」が36%という結果が出ました。さらに、つらい生理痛で仕事を休んだことのある人に対して行なわれた別の調査では、「婦人科に行く必要性を感じていない」が46.8%、「婦人科医や病院に対する抵抗や嫌悪感」が17.8%でした。生理にまつわる諸症状(月経随伴症状)による労働損失は4,911億円と試算されており、通院・OTC医薬品にかかる医療費もあわせると6,828億円にのぼる社会経済的負担があります5。また、生理痛は子宮内膜症や子宮筋腫などの兆候である場合もあり、我慢し放置することで発見が遅れ、がんや不妊につながることもあります。
本施策の目的は、はじめての婦人科に行きやすくするため、生理の悩みは婦人科を受診してよいという認知を広げることです。生理痛の「我慢するもの」「隠すもの」というイメージを変えることで、婦人科受診の心理的ハードルを下げるねらいです。長期的には、自身の性や健康についてオープンに相談できる仕組みづくりの構築を考えています。
METHODS
生理用ナプキンを媒体として、ナプキンの個包装に婦人科受診への正しい理解を促す情報を加えます。生理用品にはナプキン、タンポン、月経カップ、吸収ショーツなどがありますが、現代の日本ではナプキンの使用率が8割と高く、我々が独自に行ったアンケートでも「ナプキンのみ使用」が72.7%、「ナプキンとタンポンの併用」が12.4%でした。当チームは自らの身体に関する学びや気づきを、最も日常的かつ容易に得られやすい媒体として、ナプキンに着目し、個包装を情報提供の場としてアプローチしていきます。
ナプキンの個包装に、「婦人科受診の目安」「自分の経血量を客観視できる指標」「ライフスタイルに合わせた生理用品えらび」「婦人科はどんなところで何をするのか」等の情報を載せます。また「はじめての生理編」「学校生活編」「新社会人編」に分け、受け手に合った情報を届けます。
掲載の形式は、短時間で視認させること、ターゲットが若年女性であることを念頭に、1~4コマのマンガとします。また、ナプキンの個包装が三つ折りであることを活かし、開く展開を意識してデザインします。我々が実施したアンケートによると、「生理用品は必ずポーチなどに入れて隠す」という意見が多かった一方、「生理用品を見せあったことがある」という意見もありました。手にとった人が話題にしたり見せあったりして、情報が拡散されることをねらいます。
DISCUSSION
実装においては、Street Medical Schoolが生理用ナプキンメーカーとタイアップし、情報掲載を広告として捉え、婦人科受診者の増加を望むスポンサーを募ります。製薬会社や女性向けポータルサイト企画・運営会社、また国内の婦人科医院、ユースクリニックや女性サポート機関等を想定しています。生理用ナプキンメーカーにとっては、広告収入という経済的側面だけでなく、CSRの観点からも価値ある取り組みと考えています。加えて、ナプキンを教材として提案することで、学校や親を巻き込んだマーケティングも期待できます。
本施策では婦人科受診の主体である若年女性に対して行動変容を促します。しかし受診に結びつけるには、心理的、費用的、また地方では近くに婦人科がないといった物理的なハードルを越えなければいけません。本施策に加えて、相談窓口をオンラインで設けたり、医療機関側が受け入れ態勢を示したりする必要があると思われます。また、本施策では数ある「性」に関する議論・課題のうちの一つに焦点を当てたにすぎず、望まない妊娠やDV、性教育の遅れ、不妊治療にかかわる法整備など、課題は山積しています。いずれも短期的に解決できるものではなく、社会全体で取り組むべき課題です。なお今後の展望として、「生活に密着した情報提供 – オンライン窓口 – 医療機関が間口を広げる」、というこの仕組みを、婦人科以外にも応用できるのではないかと考えます。
REFERENCE
- 太田博明編(2016)「女性医療のすべて」、メディカルレビュー社
- 小澤範子、久米美代子(2003)「月経痛とそれに対するセルフケアの実態調査」日本ウーマンズ・ヘルス学会誌、3、83-93
- 小笠原玲子、斉藤肇、鮒池香奈枝(2020)生理用品に関するアンケート
- 基礎体温計測推進研究会ウェブサイト(2006)「基礎体温を測ろう!」
- 田中ひかる(2013)「生理用品の社会史」、ミネルヴァ書房
- Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y, Rossi B, Nomoto K, Hayakawa M, Kokubo K, Wang E C Y.(2013). Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study. Journal of Medical Economics. Nov;16(11):1255-66.
- 日本産科婦人科学会(2014)「健康手帳Human+」
- 明楽重夫(2013)「わが国における月経困難症・子宮内膜症の実態と受診行動の現状―女子大生アンケートから―」日本エンドメトリオーシス学会誌(34)42-48
- リビングくらしナビ「月に一度のアノ日、どうしてる?イマドキ生理用品事情」
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