新しい医療・医学のカンファレンス「Street Medical Talks」開催

横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)と東京デザインプレックス研究所(TDP)は2月11日、東京都千代田区にある東京ミッドタウン日比谷BASE Qで、医療×デザインをテーマにした新しい医療・医学のカンファレンス「Street Medical Talks」を開催しました。

本カンファレンスでは、YCU-CDCとTDPが運営する次世代の人材育成プログラム「Street Medical School」の受講生らによる卒業発表を中心に、医療者や広告クリエイティブおよびメディア関係者をコメンテーターとして招致し、ディスカッションも行われました。

満席の会場で、新しいアイデアについて議論した当日の様子をレポートします。

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医療を再定義する「Street Medical」の取り組み

最初に、YCU-CDCのセンター長・特別教授である武部貴則氏が、新しい医療の概念・分野である「Street Medical」やYCU-CDC設立の経緯について説明しました。

医学の起源は、紀元前500年弱にさかのぼります。“医学の父”といわれるヒポクラテスが、蛇に噛まれた傷を直したことから、医学のミッションは「病を癒すこと」と定義されました。

そのうえで、武部氏は人類史における近代の大きな変化に着目します。

「この数十年で、重要な変化が起きています。1500年くらいから寿命が延伸して鎌倉時代は30〜40代に。そして1900年から急伸し、いまは人生100年時代になりました。現代では、老いや生活習慣病、心の病と、今まで以上に向き合わなければならない時代を迎えています」

続けて、2016年に虚血性心不全で亡くなったタレントの前田健さんがSNSに投稿した生活習慣に関する文言を紹介します。グルメだった前田さんは、亡くなる約1カ月前、このようにツイートされていました。

「健康は大事、とわかっていながら健康のためにしていることは何一つない。まだ不摂生を嫌いになれない。不摂生への執着を捨てきれない。そんな44歳」

現代人のライフスタイルが大きく変化していることを受けて、武部氏は、「私の父も、おじさんも、大学の恩師もこの病気で倒れている。これからの医療のミッションは少し拡張が必要なんじゃないか」として呼びかけました。

「英語のLIFEには3つの意味があります。生命(Life)、生活(Life Style)、人生(Life Journey)。医療には、従来の『病を治す』だけでなく『人を見る』という視点が必要になります。そんな思いから、『Medicine for humanity』を掲げて、医科学研究を担うリサーチセンターの中に、医療を再定義するための拠点であるコミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)を設立しました」

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YCU-CDCは、人の『人生』と『生活』を支えるものとして、まだ病気でない段階でも医療のタッチポイントを増やしていくことを目指して様々なプロジェクトを推進しています。

これまでの取り組みとしては、体重が増加してメタボ体質になると、着るだけでパンツが黄色に変わるパンツ(アラートパンツ)を発表したほか、製薬会社と協働で進めているゲームを活用した新しいデジタルヘルスケアの開発などを進めています。

「従来の医学部では、官僚的、“Book-smart型”の医療でした。これまでの医療を支えてきた知識・技術・手法に限らない“Street-smart型”の医療を提案していきたい。そのためにも、YCU-CDCのような研究機関に加えて、教育機関が必要です」

人材を育成する「Street Medical School」が開校

そして、2019年にはTDPと協働で人材を育成する「Street Medical School」がスタートしました。Street Medicalの概念を正しく理解し、医療と広告やデザイン、アート領域を横断しながら、アイデアを形にして社会実装できる人材を育成する試みです。

受講生には、医師や看護師、作業療法士などのほか、医学部生や製薬会社、アパレル、メーカー、ITなど、医療とクリエイティブを中心に様々なバックグラウンドを持つ約20名が集まりました。

講師陣には、医療や広告、デザイン、メディアなどの各分野のフロントランナーが集結。講義を通じて、Street Medicalに必要な知識やスキルを学び、実際にチームを組んでアイデア発案からプロトタイプの開発などに取り組み、また、病院や区役所の協力も得て、フィールドワークの形で課題解決をするワークショップも行われました。

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Street Medical School受講生が発表したアイデア

武部氏の講義に続いて、Street Medical School受講生が、それぞれのアイデアをプレゼンしました。コメンテーターとして参加した専門家からはそれぞれの視点からフィードバックを寄せられました。受講生の原体験から生まれた課題・解決策はどれも独創的なアイデアでした。

  • ・香りで神経疾患開発や健康意識向上を促す〜“Scent”チョコレート〜
  • ・病室での「多様なすごす」をデザインする 〜ホスピタリティ空間・家具〜
  • ・緩和ケアのための 患者 = 患者家族 = 医療者間コミュニケーション・デザイン
  • ・救急判断に迷った時に!『#7119』の認知度向上のための自動販売機施策
  • ・『AMR対策×ボードゲーム』を用いてのエデュテイメント
  • ・学校での近視発見からの受診 ―Hybrid Imageを用いて―
  • ・お母さんのための駅ビル・ショッピングセンター「フリーダム育児」施策
  • ・小児の入院中の食事体験に楽しみを増やす食器カバーとカトラリー

各アイデアの詳細、フィードバックについてはこちらの別記事でご覧ください。
Street Medical Talks 8つのプレゼンテーションまとめ

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「病院で医療が完結する時代は終わっている」

各プレゼンを受けて、会の最後には、武部氏と東京デザインプレックス研究所のスクールディレクターである沼田氏を中心に、コメンテーターの専門家や識者らがディスカッションしました。

プレゼンターについては、「身近な人の困りごとを解決したいというものが多かった。隣の人の困りごとが解決できれば、それだけでも一歩進む」とのエールが寄せられていました。

デザインの視点からは、「デザインによってできることは、まだまだある。デザイン側もこういう可能性があること、その価値をもっと伝えられたら」「医療に関わりたいと思いつつ、関われていないデザイナーは大勢いる。僕らがワクワクする領域なので、大きく巻き込んでいきたい」という意見もありました。

一方で、社会課題の解決については「デザインによって、なんとなくできた感じになるのは早いが、そこから社会に実装されて適切なスケールで広がっていくのはすごく難しい。結果を急がないことも重要だと思っている。どうやったら解決できるのか、というのを時間をかけて追求していく姿勢が大切」などの声が上がっていました。

広告と医療のコラボレーションの場については、「学会でもなく学校でもなく、スターバックスのようなサードプレイスが医療の現場にも必要なのかな。お医者さんには直接言いづらいけど、デザインプレックスさんのような場があると、気兼ねなくお話しできる。こういう場が今までなかったのがおかしい」や、「デザインは対話。できるだけ(関係者を)巻き込んで会話して、より良いものを落とし込めるか。合わないものは変えればいい。医療も病院も暮らしのなかにある」という声が寄せられました。

YCU-CDCのアドバイザリーでもある横浜市立大学の伊藤秀一教授は、「社会実装は、私の勤める小児病棟でも、面白いものが一つでも二つでも作っていけたら嬉しい。大人の病棟と違って、どんなに馬鹿騒ぎしても許される。子どもが笑顔になれば、お母さんも喜ぶ。小児病棟は、Street Medicalにとって入りやすい実験場のようでもある」と期待を込めてコメントされました。

熱気に満ちたディスカッションのクロージングには、病院のなかで医療が完結する時代は終わっている。その上で、一般の人が医療者を応援して支えることも、医療の恩恵を受ける私たちの役割であるという視点も提示されました。

「医療×デザイン」をつなぐ、新しい医療・医学のカンファレンス「Street Medical Talks」

本カンファレンスでは、「Street Medical School」の受講生がチームで取り組んできた新しいアイデアが多くの人たちにシェアされ、医療者や広告、デザインの交流が生まれる場を作ることができました。今後、医療や広告、そして企業や自治体など、様々な分野や領域を横断し、「Street Medical」のアプローチによる新しいアイデアを社会実装する担い手を創出する大きな一歩となりました。

取材・文:笹川かおり