これからの医療を考える「Street Medical Talks」開催

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横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)と東京デザインプレックス研究所(TDP)は12月12日、横浜市立大学みなとみらいサテライトキャンパスよりオンライン配信にて、医療×デザインをテーマにしたトークイベント「Street Medical Talks」を行いました。去年に続き2回目となる今回は、新型コロナウイルス感染症予防対策のため、無観客・オンライン配信という新しい形での開催です。
本トークイベントでは、YCU-CDCとTDPが運営する次世代の人材育成プログラム「Street Medical School」の受講生らによる企画発表を中心に、フリーアナウンサーの町亞聖さん、株式会社セイタロウデザイン代表 アートディレクターの山﨑晴太郎さんをコメンテーターとして招致し、ディスカッションを行いました。
感染症流行下における問題や生活習慣病等、現代の医療課題に対する新しいアイデアについて議論した当日の様子をレポートします。

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現代の医療を再定義する「Street Medical」

最初に、YCU-CDCのセンター長である武部貴則教授が、新しい医療の概念・分野である「Street Medical」やYCU-CDC設立の経緯について説明しました。医学はおよそ2500年前に”医学の父”とされるヒポクラテスにより、「病気」という具体的な症状や原因に対して、科学的に、実践的に対処することだと定義されました。武部教授はご自身の家族が脳卒中で倒れた体験も交えながら、現代のライフスタイルにおける医療のあり方を見つめ直します。

「医学を学べば学ぶほど、倒れた父が助かったのは、対処のタイミングなど、運がよかったからだということが分かりました。病気は表面化したときに初めて医療の対象にされますが、それまでの間に、暮らし方や趣味、人間関係など、たくさんの介入できる要素があったことに気づきました。」

病気に対処するための科学と実践の医療から、他分野の学問やエンターテイメント、SNS等、私たちの生活の身近にある領域まで拡張することで、人間のための医療 “Medicine for Humanity”ができるのではないかと提唱します。

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武部教授は病院内に留まる医療ではなく、生活の場、つまりStreetに出ていく医療を作りたいという思いで、医科学研究を担うリサーチセンターの中に、コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)を設立しました。医学部のなかで教育学の専門家やクリエイターが、医療のタッチポイントについて研究をしている異色の組織です。
YCU-CDCの取り組みのひとつの例として、体の形がわかるファッションプロダクト『アラートパンツ』を紹介しました。

「メタボリックシンドロームの予防の啓発には、健康という視点よりも、格好良く見せたい、制服のサイズを変えたくない等の”体型”という文脈で訴えたほうが効果的だというロジックが開発の背景にあります。」

YCU-CDCでは様々なプロジェクトを通して、Street Medicalという新たな概念を提案しています。

「Street Medical School」の活動

Street Medicalでは「ぶれとずれ」を重視し、医療と他分野の多角的なコラボレーションを展開します。
2019年にTDPと協働でスタートした「Street Medical School」はStreet Medicalの概念を正しく理解し、医療と広告やデザイン、アート領域を横断しながら、アイデアを形にして社会実装できる人材を育成する試みです。クリエイティブ、医療の各領域から選抜された学生が、新たな医療の実装に挑戦しています。

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今年はオンラインでのSchool運営ということもあり、医療とクリエイティブの領域を中心に様々なバックグラウンドを持つ約20名の受講生が全国各地から集まりました。
講師陣には、広告、デザイン、メディアなどの各分野のフロントランナーが集結。講義を通じて、Street Medicalに必要な知識やスキルを学び、実際にStreet Medicalなアイデアの発案から、実装に向けたアウトプットに取り組みました。
また、ワークショップでは、感染症流行下におけるヘルスケアや社員食堂など、身近な題材をテーマに課題解決のディスカッションが行われました。

Street Medical School受講生が発表したアイデア

武部氏の講義に続いて、Street Medical School受講生によるプレゼンテーションが行われました。動画での口頭プレゼンテーション3組、画面上でのポスター発表8組、計11組の企画が発表されました。コメンテーターからは、それぞれの視点から、企画内容や社会実装のイメージについてフィードバックが寄せられました。受講生が発見した課題は昨今大きく変化した現代の社会や生活を反映しており、現代の健康や社会課題についてのディスカッションにつながりました。

口頭プレゼンテーションへのコメントを紹介します。(企画内容の詳細は別記事でご覧ください。)

「はじめての婦人科」を後押しする、マンガで学べる生理用ナプキン
武部教授は、「1回行けると行き続けやすくなるので、初めての受診をサポートするのはすごくいい着眼点。経済損失という指標で見ても、社会や企業にとっても解決すべき課題。」とテーマの重要性をコメント。
町さんからは「生理を入り口にして、ナプキンという方法で小学生から自分自身の体を知るきっかけになるのはいい。”婦人科”ではなくリプロダクティブヘルス(生殖に関する医療)という言葉で男女共通の問題意識をもっていくべき。」と意見をいただきました。さらに「見せたくなるようなプロダクトはもちろんだが、ファスティングが流行ったように、別の言葉に新たな概念をあたえることで、意識やイメージを変えていく方法もある」とのコメントもあがりました。

にゅういんラリー:親・子・医療者の対話型入院治療プレパレーションツール
山﨑さんは「日常の道具や感覚を使いながら、本人の理解を進めていく、親や病院等すべてのステークホルダーにとってケアをしながら進めていけるのがいいアイデア。」とご自身の親としての体験も振り返りながらコメントをしてくださいました。
町さんから「医師や看護師だけでなく、場面場面にかかわる人のタッチポイントも取り入れられたら、医療ってチームなんだということ、その中心に自分がいるんだということが実感できる」と、病院と患児とのつながりをさらに確かにする提案も。
他にも、リハビリや在宅医療、発展途上国の医療教育への応用な、様々な展開ができるとのアイデアが寄せられました。

野菜への消費意識が低い若年層向けのファッションブランド THE VEG’S CHASE
山﨑さんからは「ファッションは自己表現の根源でもあるので、少しでもノイズが入っていると人は離れてしまう。ライフスタイルブランドとして提案するのはどうか」と意見をいただきました。
武部教授も「そもそも野菜を食べるまでの調理が面倒。アメリカでは素材のまま食べることが多いが、そのような食べ方から提案してもいいと思う。」とライフスタイルからのアプローチについてコメントしました。
野菜の名前がついた色のアイデアについて「野菜ならではのイメージの共有ができたり、野菜を食べてほしい企業が使用したりと、面白そう!」と野菜をファッションで楽しむイメージが広がるコメントも寄せられました。

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その後、受講生8組によるスライドショー形式でのポスター発表が行われました。
(企画内容の詳細は別記事でご覧ください。)

発表終了後は各企画を横断して、自由なディスカッションが行われました。

「ショッピングカートは小さいアイデアだけど、いつものスーパーの構造に1つだけこのアイデアのフィルターをのせることで、個人や社会に効いてくる提案だと思う」

「(ぬりえほんについて)きょうだい児は寂しい思いをしているし、その思いを抱えて育った人もいる。ストーリーにもう一工夫して想像力を働かせるようなサジェスションがあってもいいかも」

「Street Medicalに最も期待しているのは日常のなかでアフォードすること。”やらなければいけない”を”やってしまう”にギアを変えることが価値がある」

社会的な視点をはじめ、感情に寄り添った視点、行動科学の視点など、多角的にSteet Medicalを考えるフィードバックやコメントがあがりました。

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「誰でもできる領域がStreet Medical」

最後にコメンテーターのお二人から、今回のStreet Medical Talksについてコメントをいただきました。

山﨑晴太郎さん 「Street Medicalの概念は本を読んで知っていましたが、実際にアイデアが動いているのを見るといいなと思います、こういう活動が広がって社会実装につながってほしいです。」

町亞聖さん 「人の行動を変えるのは本当に難しくて、お医者さんだけでは抱えきれない課題を他の職業と解決していく形はどんどん広げていかないといけません。Street Medicalのアイデアは、様々な人を動かすきっかけになっていくと思います。」

最後に武部教授は「今までのMedicalはお医者さんや看護師さんがやるようなもので、他は関係ないという人がほとんどでしたが、今回の発表のように、みなさんでも気づけるようなところに答えやヒントがあり、誰でもできる領域がStreet Medicalなんだと気づいてもらえたら嬉しいです。アイデアが出てきたら実践してみるということ、みなさんなりのStreet Medicalを実践してもらえたらと思います。」とトークイベントの参加者に呼びかけました。

これからの医療を考える「Street Medical Talks」

本トークイベントでは、「Street Medical School」の受講生がチームで取り組んできた新しいアイデアによって、現代の医療や健康の形について問いかけ、意見の交流を行う場を作ることができました。 今年度の「Street Medical School」は、実際に現場(Street)に出て行くことが難しい環境で、現場を知る機会やアイデアを実践する場が限られた中での活動でした。しかし、前回よりさらに広い領域から受講生がオンラインで集ったことで、『Street Medical』という共通言語のもと、多種多様な人のコミュニケーションによる知見や体験を可視化し共有することができました。受講生は本イベントでのフィードバックを受けて、自身のアイデアの、課題や魅力、可能性を再確認できたのではないでしょうか。 2回目にして初めてのオンライン開催で、実際に対面で交流できないもどかしさもありましたが、今後の新しい社会のあり方に寄り添った「Street Medical」を実践する上で大きな手がかりとなるイベントとなりました。

文:藤森晶子 撮影:正村直子